私のピアノ調律日記 (11月)


断弦!       ヤマハアップライトピアノW102         2001/11/06

先日、ちょっとショッキングな出来事(?)がありました。
僕がもう一つ入っている「三重バッハ合唱団」でご一緒しているTさんのお宅に調律に行きました。
Tさんは、1年ほど前から、「なんか弦が切れたみたいなので、一度見て欲しいんだけど・・・」と言われてたのですが、ちょうどTさんのお産と重なったりで、なかなか予定が組めなかったのです。
それでやっと、先日伺うことができました。
ピアノは20年ちょっと経ったヤマハアップライトW106という、明るい木目のきれいなピアノです。
事前にTさんからは、「なんか、弦がたくさん切れてるみたい・・・。」と、最近聞いてました。
まあ普通は、たくさん切れる、なんてことはまずありませんので、おそらく切れた弦が他の弦に当たって、うまく音が出ないのだろうと、だいたいの予想を立てて伺いました。
それで、いつものように上屋根を開けて、ちょっと中をのぞいてみて、「・・・?」。
そして、上前板をはずして、弦の状態を見て、・・・・ 
「??・・・ !!!!!!!!!!」

もう、絶句!!!

そうですねぇ、1分くらいピアノの前で僕はカタマってしまい、声も出なかったのです! 

まず、40本くらいある低音弦のうち、20本以上が切れてるのです。
それに中音部も数本切れてます。
下は、その状況の写真です。

          


一度に2本くらい切れてるのは、ごくまれに出会うことはありますが、こんな規模(?)で切れてるのは初めてでした。
原因は、「さび」でした。
鋼鉄線の上に銅線を巻いてある低音弦が、その切れた部分が緑色にさびており、鋼鉄線だけの中音弦も、やはり切れた部分が真っ赤にさびているのです。
でも、その錆び方が普通じゃありませんでした。
そこで、更に錆の原因を探してみましたら、見つかりました!
ピアノの上に目覚まし時計が置いてあったのです。
もうずっと電池が切れて動かずに、そのまま置かれていたのですね。
もうおわかりですよね、その電池が液漏れを起こしていたのです。
漏れた液がピアノの上屋根のヒンジの隙間からピアノの中にこぼれ、酸性の強いその液で弦が錆びたのでした。

正直、僕も初めての経験でした。 まさか、という感じですよね。

ちょっと後の修理が大変です。特に漏れた液が少しでも残っていると、多分また、強力な錆を発生するでしょうし。
全弦を取り外し、鋳物のフレームもピアノから降ろしての作業になりそうです。

このW106というピアノ、外観と言い、あるいは音と言い、僕は好きなのですね(^ ^)。
だからよけいにこんな状態になったのが哀れ(^ ^;;)で・・・。
なんとしても、きれいないい状態に戻したいと思っています。

上に載せた、弦が切れただけの写真では、ピアノがちょっとかわいそう(^ ^;)ですので、パネルを取り付けた、この子のきれいな全体像も見てあげてください(^ ^)。




実はこれらの写真は、今回僕はデジカメを持ってなくって、そこでTさんのご主人が貸してくれたのです。
「今後、このような事故が起こらないように、ぜひ紹介してあげてください。」とのありがたい、そしてピアノ好きの僕にとって、とてもうれしい気遣いだったのです(^ ^)。

いやぁ、こんなこともあるのですね。僕も30年ほども調律をしていて、それでも初めての経験だったです。
皆さん、これからは乾電池にも気をつけましょう(^ ^)。




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ゼロへの誘惑                  2001/11/15

ピアノの調律をする、というのは、どういうことかと言いますと、具体的には、2本の弦を同時に鳴らして、その2つの音が混じり合ったときに聞こえる、音のうなりを聴いて、音を合わせるわけです。
調律に取りかかるときには、まず「割振」と呼んでいる、中央付近の1オクターブに、基本になる平均率の音階を決める作業から始めます。
それは音のうなりを、1秒間に何回、とかいった感じで音の高さを調整していくわけです。
つまり、うなりを少し出して、狂わせていくわけですね(^ ^;)。
まあ、そこが前にもお話ししたように平均律たる所以なんですが。
そしてその作業が終わると、次はその基本の音階からオクターブ単位で音を合わていきます。
その時はもう、うなりを出すのでなしに、ぴったりと合わせるわけですから、うなりはゼロになるわけです。
また、それと同時に、ユニゾンと言いまして、ひとつの鍵盤に2〜3本張ってある弦を同じ高さの音にそろえていきます。
それも当然ながら、うなりゼロを目指して合わせていくわけです。
よく、「純正調はうなりゼロ」とか言いますが、その通りなのですね。
つまり、オクターブもユニゾンもいわゆる純正調に合わせる、と言ってもいいでしょう。

そこで、今日の話なんですが、このユニゾン、つまりひとつの鍵盤に2〜3本張ってある弦を同じ高さに合わせることが、実はピアノの調律にとって、一番ポイントになるところなんですね。
それは、このユニゾンの合わせ方によって、ピアノの音の印象がかなり変わってきたりするのです。
調律を覚えるのに、一番はじめに練習するのが、このユニゾンなのです。
つまり、ユニゾンを合わせることで、うなりをつかむことをしっかり覚えるわけです。
ところが、このユニゾンというのがなかなか厄介なシロモノで、きれいに合わせようと、ゼロビートを目指しすぎると、今度は音がのびなくなってくる、ようなんです。
だからといって、狂わせるわけではないのですが。
うなりが出てる、ということは、もうこれは狂っているわけで、もちろん音もきれいでないのですが、ほんとにぴったりのうなりゼロ、というのもまた、音がのびなくて、ちょっと問題なのですね。
ところが、どうしても、きれいな調律をしようと思うと、ついついこの「うなりゼロ」を目指しすぎてしまうのですよね。
「うなりゼロ」イコール「ぜったい正確」、イコール「僕は正しい」(^ ^;;)、「僕は調律がウマい」(^ ^;;;;;;;)というふうに結びついていくのでしょうか。
ゼロへの誘惑なんですねぇ。
音楽ってそんなんじゃないのに・・・。

きれいなユニゾンは、そのぴったりゼロの「ほんのちょっと、となり」にあるようです。
そこへ行くと、うなりも出ないし、音ものびるのですね。
それに気付いたのは最近です。
ベーゼンドルファーという、オーストリア製のピアノがあります。
名器です。
家庭サイズのグランドピアノですが、僕も緊張の面もちで調律に取りかかりました。
いいピアノだから、いい調律を、と思い、しっかりしっかり合わせました。
その結果、なんか音が思ったほどのびないのです。
ちょっとショックでした。
その後、ブリュートナーのアップライトを調律したときも、同じようにして同じことを味わいました。
そして、よく考えてみた結果、今の結論に達したわけです。
普段はもっと僕も「気楽に」調律をしてるのですね。
その時は、ゼロに合わすことを忘れ、ひたすら「いい音」をめざしてるのだと思います。
できあがりに対しても、その時には、まあけっこう満足してます。
ところが、いいピアノに出会うと、時として、このゼロへの誘惑が頭をもたげてくるのですね。
それは、僕の見栄なのでしょうか・・・(^ ^;;;)。
[それはだめだよ。」ということを教えてくれたのが、ベーゼンドルファーでした。
ブリュートナーもそうです。
今まで、このユニゾンの話は、先輩達からも聞かされておりましたが、なかなか実際にはわかってなかったのですね。
いいピアノは調律も教えてくれる、ということをあらためて感じました。

先日、そのブリュートナーのアップライトの調律にふたたびおじゃましました。
以前お話しした伊藤様のブリュートナーとおなじ器種です。
前回の調律での失敗(?)を頭に入れ、今回はひたすら「自由に。心を解放して。」と自分に言いきかせながら調律をしました。
結果、今回は自分でも満足のいくものでした。
ちょっと、新しいことを身につけられたような、うれしい気持ちです(^ ^)。

昔、よく先輩方に言われました。
「調律はユニゾンに始まり、ユニゾンに終わる」と・・。

いいピアノは、言葉でどれだけ言っても伝えきれないそのことを、確実に音だけで教えてくれるのですね。
もう、感動です(^ ^)。



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